西念寺(服部半蔵菩提寺)編|Cグループ ちーこと蒼井

取材_ちーこと蒼井 AM長編(フィクション)
取材_ちーこと蒼井

第7話:モノトーンの美学と、私服のカメラデートへの誘い

公開された第15サイクル「西念寺(服部半蔵菩提寺)」の特集ページは、徳川家康公を陰で支えた服部半蔵正成の伊賀越えの功績から、半蔵門の由来、そして松平信康の菩提を弔った武家社会の忠義と哀悼のドラマまで、四谷の静かな寺町に息づく歴史の深層を鮮やかに描き出し、WEBメディア「癒しの場所へ」の読者たちから絶賛の声を浴びていた。

「見てください、チーフ! 西念寺編も大盛況です! 『四谷の寺町にこんなに重厚な忍者と武士のドラマが眠っていたなんて知らなかった! 赤褐色の山門や静寂に包まれた境内の雰囲気がすごくカッコいい!』って、コメント欄がものすごい熱気です!」 オフィスの中心で、まゆみがスマホの画面を嬉しそうに突き出す。その横で近藤も「いやあ、Bチームの伊賀越えの真実や半蔵門の由来を解き明かした考証、今回も読み応え抜群でしたね!」と満面の笑みを浮かべた。

その賑わいを少し離れた席から眺めながら、チーコは手元に置いたライカの一眼レフカメラのマットなボディを指先でなぞっていた。液晶画面には、先ほどから自分で撮影した西念寺の赤褐色の山門や、静かな境内に佇む供養塔、木々の隙間から差し込む秋の光をモノトーン調のシャープなコントラストで捉えた美しいカットが何枚も映し出されている。

(……記事の完成度は文句なし。Aチームの丁寧なレポートも、先輩たちの重厚な歴史考証も完璧。……だけど!)

チーコの中のプロカメラマンとしての、そして表現者としてのプライドが、またしてもふつふつと疼き出す。 (西念寺だけじゃもったいないって言ったでしょ! 服部半蔵が眠る四谷の寺町……あの静寂と歴史のレイヤーを、私のモノトーン&ディープな色彩でまとめてカッコよく切り取りたいのよ! 徳川家を陰で支えた男たちのドラマを、私のファインダーで最高のアートに昇華できるのに……!)

じっとしていられなくなったチーコは、カチャリとレンズキャップをはめると、一直線にデスクの向こう側に座る蒼井のほうへと歩いていった。

ヴィンテージライクなショートコートの裾をひらりとなびかせ、チーコは蒼井のデスクに両手をついた。またしても至近距離でその顔をのぞき込む。 「――チーフ」 「ん? なんだ、チーコ。まさか次のサイクルの企画書、もう締め切りだとか言うなよ?」 「そうじゃなくて!」

「おまっ、だからその距離感……少しは学習しろよ」 すっかりこのお決まりの距離感に慣れてきた蒼井は、呆れながらもわずかに頬を引きつらせて体を引いた。

「四谷の西念寺のビジュアルです! 今の記事のカットも悪くはないけれど、私の新しいモノトーン&ディープな色彩表現を通して、服部半蔵の伊賀越えや武士の忠義のドラマを極限まで引き出したら、あの寺町のロマンがもっと心に刺さる最高の作品になるんです! 悔しくて今夜も絶対眠れません!」 「いや、だから、すでに大反響を呼んでいる公式の西念寺特集記事だぞ。今さら何を……」 「ダメです! プロの表現者として、西念寺が持つ本当の『武士と忍者の祈りのレイヤー』を私の手で余すところなく捉え直さないと気が済まないんです!」

熱っぽくまくし立てるチーコに、蒼井は盛大な溜息をついた。 「お前のその写真に対する底知れない執念は、もう骨身にしみるほど分かった。だがな、もう公式の連載は――」

「公式じゃありません、プライベートです!」 「プライベート?」 「そうです! 休日返上で、私服で、完全に個人の研究としてリサーチに行ってきます! ……あ,でも、四谷の入り組んだ坂道や寺町を一人で歩くのは少し心細いから、チーフ、私服で私のリサーチに付き合ってください!」

「なんだと……?」 「ほら、チーフだって、服部半蔵と徳川家の絆がどう西念寺に結ばれているのか、もう一度現地の空気を吸いながら肌で感じておくべきです! 素晴らしい一日のためのロケハン兼、大事なお散歩なんですから!」

「いや、どう見ても完全にただのデートの誘いだろ、それ……しかも前回と全く同じ流れじゃないか!」 蒼井が鋭くツッコミを入れると、チーコはわざとらしく窓の外へ視線を逸らした。 「聞こえませーん! 明日の日曜日、朝十時に四谷駅の赤坂口ですからね! 遅刻したら私の高級ライカをチーフの私物入れに永久封印しますから!」

「おまっ、その脅し文句、いよいよレパートリーに完全定着しやがて……!」

半ば強引に、かつ最高に魅力的な笑顔で迫るチーコを前に、蒼井は降参したように深く椅子にもたれかかった。しかし、その耳たぶが前回よりもさらに真っ赤に染まっているのを、チーコは鋭いファインダー越しのような目で完璧に見逃していなかった。

(よし、今回も完全に私のペース……!)

心の中でガッツポーズをしたチーコは、「じゃ、明日の準備してきまーす!」と軽やかな足取りで自分の席へと戻っていく。 その背中を見送りながら、蒼井は小さく呻き声を漏らし、天井を仰いだ。

「まったく、いつの間に俺はあいつの術中に完全にハマる人生を送るようになったんだか……」

少し離れた席からそのやり取りの一部始終を生温かい目で見守っていた佐久間とやよいは、顔を見合わせてクスッと上品に微笑み合うのだった。

第8話:秋晴れの四谷坂道と、寺町の静寂で縮まる距離

日曜日、午前十時のJR四谷駅。 約束の時間ぴったりに現れたチーコを見た瞬間、待ち合わせ場所に立っていた蒼井は思わず言葉を呑み込んだ。

今日のチーコは、秋の澄んだ青空に美しく映えるシックなチャコールグレーのトレンチコートに、すっきりとした上品な黒のショートブーツという、動きやすさと大人の洗練が絶妙に同居する装い。首から下げた高級ライカの一眼レフカメラが、今日のデート兼リサーチという目的を引き立て、彼女の活発で凛とした雰囲気を一層際立たせている。

「お待たせしました、チーフ!」 少し小走りで駆け寄ってきたチーコが、パッと華やかな笑みを浮かべる。その眩しさに、蒼井はわずかに視線を逸らしながらも、照れくさそうに口を開けた。

「……あぁ、待ってない。その、なんだ……四谷の落ち着いた寺町の雰囲気によく合ってるな、その格好」 「本当ですか? 服部半蔵の歴史や、西念寺の静寂な雰囲に合わせて、今日は少しクラシカルで動きやすいコーディネートにしてきたんです!」 嬉しそうに目を細めるチーコに、蒼井は「行くぞ」とわざとそっけなく言い残して歩き出し、その後をチーコが弾むような足取りでついていく。

大通りの喧騒から離れ、緩やかな坂道を登って新宿区若葉の寺町エリアに入ると、赤褐色の山門が美しい西念寺の境内は、秋の心地よい静寂に包まれていた。

「わあ……写真で見ていたけれど、実際にこうして西念寺の境内に立つと、四谷の街中にあるとは思えないほど歴史の重みと凛とした空気が感じられて……!」 チーコが感嘆の声を漏らしながらさっそくカメラを構え、赤褐色の山門や本堂の佇まい、境内の石碑や供養塔を丁寧にファインダーに収めていく。

「ああ。服部半蔵正成が主君・松平信康の菩提を弔うために建立し、のちに江戸城の西側守護を任された一族の眠る場所。華やかな表舞台の裏で、武士としての忠義と過酷な宿命を背負った男たちの祈りのレイヤーがこの境内には詰まっているんだな」 蒼井が隣に並んで静かに呟くと、チーコはうなずきながらレンズのピントを微調整した。

「この寺が秘めている『武士と忍者の記憶』を、私のモノトーン&ディープな色彩ライティングで完璧に切り取ってみせます!」 チーコが意気揚々と一歩を踏み出そうとしたそのとき、境内にある敷石のわずかな段差に軽く躓き、バランスを崩してふらりと大きくよろめいた。

「っと……危ないな」 瞬時に踏み出した蒼井の強い腕が、チーコの肩をしっかりと受け止める。 至近距離でぶつかった瞬間、ふわりと漂う柔らかな香りと確かな温もりが、蒼井の胸に飛び込んできた。

「あ……ご、ごめんなさい、チーフ……!」 見上げたチーコの見開かれた瞳が、すぐ目の前で揺れている。蒼井は支えた腕をどう動かすべきか迷いながら、ドクンと高鳴る自分の心音に焦りを覚えた。

「い、いや……怪我はなかったか? 境内は石畳も多いから、あまり夢中になって足元が見えなくなるなよ」 「うん、ありがとう……ございます、チーフ」

耳たぶまで真っ赤に染めて小さく頷くチーコの姿に、蒼井はこれ以上ない動揺を隠せなかった。歴史ある静かな四谷の寺町のなかで、ふたりの間には甘く静かな空気が満ちていく。慌てて少しだけ距離を取るふたりだったが、一度縮まった心の距離は、そう簡単には元に戻らなかった。

「……こ、こうなったら、私もしっかり最高の写真を撮って、このドキドキをごまかさなきゃ!」 照れ隠しのようにカメラを構え直すチーコの横顔を見つめながら、蒼井はコートのポケットの中でそっと自分の胸元を押さえ、小さく熱い息を吐き出すのだった。

第9話:四谷・荒木町の隠れ家カフェと、お決まりのチャット通知

西念寺の赤褐色の山門や静寂に包まれた境内、服部半蔵正成の墓所や「槍ヶ池」の伝承が残る一画まで、四谷の寺町に眠る武士と忍者の歴史のレイヤーをレンズに収め尽くしたふたりは、心地よい疲労感と満ち足りた気分に包まれながら、四谷・荒木町の坂道にひっそりと佇む隠れ家カフェへと足を向けた。秋の穏やかな夕暮れの光が、レトロな木枠の窓ガラスを優しい琥珀色に染め上げている。

「ふう……完璧に撮れました……! 寺町の静寂も、武家社会の重みも、私の理想通りのモノトーン&ディープな色彩で収まりました!」 チーコが満足げにカメラの液晶画面を確認しながら、パッと華やかな笑顔を咲かせる。 「お前のその写真に対する執念深さは毎度のことながら見事だが……まあ、妥協せずに最高の瞬間を切り取れたなら何よりだ」 蒼井も小さく笑みを浮かべ、首から下げたカメラバッグのストラップを軽く整えた。

「で、このあとは当然……お腹ペコペコですよね?」 チーコが上目遣いにキュッと首をかしげる。 「おいおい、また私の奢り前提かよ。前回の神田のカフェのときと全く同じ台詞だな、お前は」 「当たり前じゃないですか! 四谷の寺町お寺巡りと、服部半蔵の歴史を完全網羅した特別なリサーチなんですから、ご褒美のごはん処は必須項目です。ほら、この近くにすごく素敵な隠れ家カフェがあるんですから行きましょう!」

蒼井は苦笑いを浮かべつつも、嫌な顔ひとつ見せない。むしろ、彼女と並んで歩けるこの穏やかな時間が心地よいことを、内心ではもうすっかり隠しきれずにいた。

ふたりが腰を下ろしたのは、荒木町の静かな路地に面した温もりあふれる小さな喫茶店だった。 木製の小さなテーブル席に向かって座ると、すぐに香ばしいブレンド珈琲の芳醇な香りと、お店特製の濃厚なガトーショコラが運ばれてきた。

「わあ、美味しそう……! いただきます!」 チーコはフォークを手に、一口スイーツを運んで、「ん〜っ!」と幸せそうに目を細めた。「珈琲の深いコクとチョコの甘さが、坂道を歩き疲れた体にすごく染みます……! チーフも一口、どうぞ?」

自然な流れで差し出されたスプーンを前に、蒼井は一瞬たじろいだ。だが、目の前の温かな空間と、チーコのまっすぐで温かな瞳に押されて、観念したように素直に口を開ける。豊かな風味が口いっぱいに広がった。

「……確かに、美味いな」 「でしょ? こういう静かな隠れ家カフェって、歴史をたっぷり感じたあとのクールダウンに最高ですよね」

チーコは珈琲カップを両手で包み込み、それから少しだけ落ち着いた声でトロンと蒼井を見つめた。 都会の喧騒から離れたこの空間で、ふたりの間に心地よい沈黙が流れる。

「……私、このチームで写真を撮るようになって、本当に良かったって思ってます」 不意に落としたその真剣な言葉に、蒼井は動きを止めた。

ライバルとして、あるいは先輩と後輩として、色んな歴史の景色を巡ってきたこれまでの日々が脳裏をよぎる。

「最初は、先輩に巻き込まれて……って思ってたけど。こうして四谷の寺町を歩いて、徳川家を陰で支えた人たちの祈りの重みも知って……何より、こうしてチーフと一緒に……」

チーコは言葉を濁し、指先でカップのふちを軽く撫えた。その頬が、夕暮れの光のせいだけでなく、ほんのりと赤く染まっている。

「……一緒に、色んな景色を見るのが、すごく大切で……私にとって、この時間は何よりもかけがえのないものになってます」

まっすぐに向けられた熱い瞳に、蒼井の胸の奥が激しく揺さぶられた。冷静沈着で通っているはずのチーフプロデューサーは、こういうストレートな言葉に対して、驚くほど無力だった。

「……俺もだ」 気づけば、絞り出すような低い声が口をついて出ていた。

「え……?」 「俺にとっても……お前とこうして四谷の寺町を巡る時間は、悪くない……いや、何よりも代えがたい時間だ」

少しだけ照れくさそうに視線を逸らした蒼井の言葉に、チーコは息を呑んだ後、これまでにないほど愛おしそうな、蕩けるような笑みを浮かべてみせた。

その瞬間――。 静かなカフェの空気を切り裂くように、蒼井のポケットから鋭い通知音が鳴り響いた。

ロマンチックな雰囲気を容赦なく打ち砕くその電子音に、蒼井が「っ……!」と顔をしかめてスマートフォンを取り出すと、画面には当然のようにあのチャットアプリが開いていた。

『チーフ、四谷の寺町から隠れ家カフェにかけての甘い空気、バッチリ観測させてもらった。秋の坂道の寒さも吹き飛ぶような、眩しい時間だったな』

オーナーからの容赦ないメッセージに、蒼井は頭を抱えた。「また見やがってあの野郎……!」 チーコがのぞき込んできた。「あ、オーナーからですか?」

画面にはさらに追い打ちのメッセージが光っている。

『なお、チーフのプライベート視察に対する労いとして、カフェの領収書データ、こちらも当然のごとく全額却下とする。自腹でしっかりと絆を深めるように』

「全くだ……完全に手の平の上だな、俺たちは」 頭を抱える蒼井を見て、チーコはクスッと声を上げて上品に笑った。

「ふふっ、オーナーさん、本当に絶妙なタイミングで邪魔してくれますね。でも……」 チーコはカップを置き、まっすぐに前を見据えた。

今日の分のカフェ代のお礼は、また次のサイクルでの最高の成果で返しますからね、チーフ!

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