築地本願寺編|Cグループ ちーこと蒼井

築地本願寺、ちーこと蒼井 AM長編(フィクション)
築地本願寺、ちーこと蒼井

第7話:モノトーンの建築美と、築地デートへの強引なご招待

公開された第16サイクル「築地本願寺(本多正信ゆかりの地)」の特集ページは、徳川家康の天下取りを最側近として支えた知恵者・本多正信の政治的足跡から、元和年間の江戸御坊創建、そして伊東忠太が手がけた古代インド仏教様式のエキゾチックな大本堂に至るまで、9月の築地に息づくモダンで重厚な歴史のレイヤーを鮮やかに描き出し、WEBメディア「癒しの場所へ」の読者たちから絶賛の声を浴びていた。

「見てください、チーフ! 築地本願寺編も大反響です! 『お寺なのにインド風ですごくお洒落! しかも本多正信と徳川家の宗教政策の背景がめちゃくちゃ深くて感動した!』って、コメント欄がものすごい盛り上がりです!」 オフィスの中心で、まゆみがスマホの画面を嬉しそうに突き出す。その横で近藤も「いやあ、Bチームの江戸御坊から築地への移転の歴史を紐解いた考証、今回も最高でしたね!」と満面の笑みを浮かべた。

その賑わいを少し離れた席から眺めながら、チーコは手元に置いたライカの一眼レフカメラのマットなボディを指先でなぞっていた。液晶画面には、先ほどから自分で撮影した築地本願寺の荘厳な石造りの外観や、細部に宿る獅子や象の動物彫刻、9月の青空に映えるドーム状の屋根をモノトーン調のシャープなコントラストで捉えた美しいカットが何枚も映し出されている。

(……記事の完成度は文句なし。Aチームの丁寧なレポートも、先輩たちの重厚な歴史考証も完璧。……だけど!)

チーコの中のプロカメラマンとしての、そして表現者としてのプライドが、またしてもふつふつと疼き出す。 (築地本願寺だけじゃもったいないって言ったでしょ! 本多正信が関わった江戸初期の宗教都市のロマン……あのエキゾチックな建築美と9月の潮風を、私のモノトーン&ディープな色彩でまとめてカッコよく切り取りたいのよ! 徳川幕府の知恵者たちが描いた壮大な政治の舞台を、私のファインダーで最高のアートに昇華できるのに……!)

じっとしていられなくなったチーコは、カチャリとレンズキャップをはめると、一直線にデスクの向こう側に座る蒼井のほうへと歩いていった。

ヴィンテージライクなショートコートの裾をひらりとなびかせ、チーコは蒼井のデスクに両手をついた。またしても至近距離でその顔をのぞき込む。 「――チーフ」 「ん? なんだ、チーコ。まさか次のサイクルの企画書、もう締め切りだとか言うなよ?」 「そうじゃなくて!」

「おまっ、だからその距離感……少しは学習しろよ」 すっかりこのお決まりの距離感に慣れてきた蒼井は、呆れながらもわずかに頬を引きつらせて体を引いた。

「築地本願寺のビジュアルです! 今の記事のカットも悪くはないけれど、私の新しいモノトーン&ディープな色彩表現を通して、本多正信の知謀やインド風のモダンな建築美を極限まで引き出したら、あの街のロマンがもっと心に刺さる最高の作品になるんです! 悔しくて今夜も絶対眠れません!」 「いや、だから、すでに大反響を呼んでいる公式の築地本願寺特集記事だぞ。今さら何を……」 「ダメです! プロの表現者として、築地本願寺が持つ本当の『歴史のレイヤーと建築の美しさ』を私の手で余すところなく捉え直さないと気が済まないんです!」

熱っぽくまくし立てるチーコに、蒼井は盛大な溜息をついた。 「お前のその写真に対する底知れない執念は、もう骨身にしみるほど分かった。だがな、もう公式の連載は――」

「公式じゃありません、プライベートです!」 「プライベート?」 「そうです! 休日返上で、私服で、完全に個人の研究としてリサーチに行ってきます! ……あ,でも、広大な築地や入り組んだ市場のまわりを一人で歩くのは少し心細いから、チーフ、私服で私のリサーチに付き合ってください!」

「なんだと……?」 「ほら、チーフだって、本多正信と徳川家の宗教政策がどうこの築地に結ばれているのか、もう一度9月の潮風を感じながら肌で感じておくべきです! 素晴らしい一日のためのロケハン兼、大事なお散歩なんですから!」

「いや、どう見ても完全にただのデートの誘いだろ、それ……しかも前回と全く同じ流れじゃないか!」 蒼井が鋭くツッコミを入れると、チーコはわざとらしく窓の外へ視線を逸らした。 「聞こえませーん! 明日の日曜日、朝十時に築地駅の出口ですからね! 遅刻したら私の高級ライカをチーフの私物入れに永久封印しますから!」

「おまっ、その脅し文句、いよいよレパートリーに完全定着しやがて……!」

半ば強引に、かつ最高に魅力的な笑顔で迫るチーコを前に、蒼井は降参したように深く椅子にもたれかかった。しかし、その耳たぶが前回よりもさらに真っ赤に染まっているのを、チーコは鋭いファインダー越しのような目で完璧に見逃していなかった。

(よし、今回も完全に私のペース……!)

心の中でガッツポーズをしたチーコは、「じゃ、明日の準備してきまーす!」と軽やかな足取りで自分の席へと戻っていく。 その背中を見送りながら、蒼井は小さく呻き声を漏らし、天井を仰いだ。

「まったく、いつの間に俺はあいつの術中に完全にハマる人生を送るようになったんだか……」

少し離れた席からそのやり取りの一部始終を生温かい目で見守っていた佐久間とやよいは、顔を見合わせてクスッと上品に微笑み合うのだった。

第8話:9月の潮風と、エキゾチックな本堂の陰で縮まる距離

日曜日、午前十時の東京メトロ日比谷線・築地駅出口。
約束の時間ぴったりに現れたチーコを見た瞬間、待ち合わせ場所に立っていた蒼井は思わず言葉を呑み込んだ。

今日のチーコは、9月の爽やかな秋晴れの空に美しく映えるキャメルカラーのライトジャケットに、すっきりとした上品な白のテーパードパンツという、動きやすさと大人の洗練が絶妙に同居する装い。首から下げた高級ライカの一眼レフカメラが、今日のデート兼リサーチという目的を引き立て、彼女の活発で凛とした雰囲気を一層際立たせている。

「お待たせしました、チーフ!」
少し小走りで駆け寄ってきたチーコが、パッと華やかな笑みを浮かべる。その眩しさに、蒼井はわずかに視線を逸らしながらも、照れくさそうに口を開けた。

「……あぁ、待ってない。その、なんだ……築地の開けた街並みや、お寺のエキゾチックな雰囲気にすごくよく合ってるな、その格好」
「本当ですか? 本多正信の歴史や、築地本願寺のモダンな建築美に合わせて、今日は少し軽やかでクラシカルなコーディネートにしてきたんです!」
嬉しそうに目を細めるチーコに、蒼井は「行くぞ」とわざとそっけなく言い残して歩き出し、その後をチーコが弾むような足取りでついていく。

場外市場の活気あるエリアを抜け、目の前に突如として現れた壮大な築地本願寺の境内に足を踏み入れると、9月の心地よい潮風がふたりの髪を優しく揺らした。

「わあ……写真で見ていたけれど、実際にこうしてインド風の本堂の前に立つと、お寺とは思えないほどダイナミックで、歴史のロマンが一気に押し寄せてきて……!」
チーコが感嘆の声を漏らしながらさっそくカメラを構え、石造りの荘厳な外観やドーム状の屋根、細部に宿る獅子や象の動物彫刻を丁寧にファインダーに収めていく。

「ああ。徳川家を裏から支えた知恵者・本多正信が関わった『江戸御坊』をルーツに持ち、明暦の大火を経てこの築地の地に再建された歴史。そして、伊東忠太が古代インドやアジアの様式を取り入れて設計した『自由で開かれた宗教空間』……ここは、江戸から現代に至るまでの都市マネジメントと寛容の歴史が詰まった場所なんだな」
蒼井が隣に並んで静かに呟くと、チーコはうなずきながらレンズのピントを微調整した。

「このお寺が秘めている『時代を受け入れるモダンなエネルギー』を、私のモノトーン&ディープな色彩ライティングで完璧に切り取ってみせます!」
チーコが意気揚々と一歩を踏み出そうとしたそのとき、石畳のわずかな段差に軽く躓き、バランスを崩してふらりと大きくよろめいた。

「っと……危ないな」
瞬時に踏み出した蒼井の強い腕が、チーコの肩をしっかりと受け止める。
至近距離でぶつかった瞬間、ふわりと漂う柔らかな香りと確かな温もりが、蒼井の胸に飛び込んできた。

「あ……ご、ごめんなさい、チーフ……!」
見上げたチーコの見開かれた瞳が、すぐ目の前で揺れている。蒼井は支えた腕をどう動かすべきか迷いながら、ドクンと高鳴る自分の心音に焦りを覚えた。

「い、いや……怪我はなかったか? 境内や周辺は石段も多いから、あまり夢中になって足元が見えなくなるなよ」
「うん、ありがとう……ございます、チーフ」

耳たぶまで真っ赤に染めて小さく頷くチーコの姿に、蒼井はこれ以上ない動揺を隠せなかった。9月の青空の下、潮風が吹き抜ける築地本願寺の境内で、ふたりの間には甘く静かな空気が満ちていく。慌てて少しだけ距離を取るふたりだったが、一度縮まった心の距離は、そう簡単には元に戻らなかった。

「……こ、こうなったら、私もしっかり最高の写真を撮って、このドキドキをごまかさなきゃ!」
照れ隠しのようにカメラを構え直すチーコの横顔を見つめながら、蒼井はライトジャケットのポケットの中でそっと自分の胸元を押さえ、小さく熱い息を吐き出すのだった。

第9話:築地本願寺カフェの極上スイーツと、お決まりのチャット通知

築地本願寺のエキゾチックな大本堂や、細部に宿る獅子や象の動物彫刻、そして本多正信が関わった江戸御坊からの歴史のレイヤーをレンズに収め尽くしたふたりは、心地よい疲労感と満ち足りた気分に包まれながら、境内の一角にある大人気の「築地本願寺カフェ TSUKIJI」へと足を向けた。9月の爽やかな秋晴れの光が、大きなガラス窓から明るく心地よく差し込んでいる。

「ふう……完璧に撮れました……! インド風のモダンな建築美も、9月の青空に映える荘厳な佇まいも、私の理想通りのモノトーン&ディープな色彩で収まりました!」 チーコが満足げにカメラの液晶画面を確認しながら、パッと華やかな笑顔を咲かせる。 「お前のその写真に対する執念深さは毎度のことながら見事だが……まあ、妥協せずに最高の瞬間を切り取れたなら何よりだ」 蒼井も小さく笑みを浮かべて、首から下げたカメラバッグのストラップを軽く整えた。

「で、このあとは当然……お腹ペコペコですよね?」 チーコが上目遣いにキュッと首をかしげる。 「おいおい、また私の奢り前提かよ。前回の四谷のカフェのときと全く同じ台詞だな、お前は」 「当たり前じゃないですか! 築地本願寺のエキゾチックな建築巡りと、本多正信の政治的足跡を完全網羅した特別なリサーチなんですから、ご褒美のごはん処は必須項目です。ほら、名物の「18品目の朝ごはん」は売り切れちゃいましたけど、絶品の和スイーツセットをいただきましょう!」

蒼井は苦笑いを浮かべつつも、嫌な顔ひとつ見せない。むしろ、彼女と並んで歩けるこの穏やかな時間が心地よいことを、内心ではもうすっかり隠しきれずにいた。

ふたりが腰を下ろしたのは、木の温もりあふれるモダンなカフェスペースだった。 テーブル席に向かって座ると、すぐに香ばしいほうじ茶の芳醇な香りとともに、お店特製の「和の贅沢パフェ」と温かいお茶が運ばれてきた。

「わあ、美味しそう……! いただきます!」 チーコはスプーンを手に、一口スイーツを運んで、「ん〜っ!」と幸せそうに目を細めた。「お茶の深いコクと甘い小豆や白玉のバランスが、築地を歩き回った体にすごく染みます……! チーフも一口、どうぞ?」

自然な流れで差し出されたスプーンを前に、蒼井は一瞬たじろいだ。だが、目の前の温かな空間と、チーコのまっすぐで温かな瞳に押されて、観念したように素直に口を開ける。上品な甘さが口いっぱいに広がった。

「……確かに、美味いな」 「でしょ? こういう開放的で素敵なカフェって、歴史をたっぷり感じたあとのクールダウンに最高ですよね」

チーコは湯呑みを両手で包み込み、それから少しだけ落ち着いた声でトロンと蒼井を見つめた。 賑やかな境内から少し離れたこの心地よい空間で、ふたりの間に穏やかな沈黙が流れる。

「……私、このチームで写真を撮るようになって、本当に良かったって思ってます」 不意に落としたその真剣な言葉に、蒼井は動きを止めた。

ライバルとして、あるいは先輩と後輩として、色んな歴史の景色を巡ってきたこれまでの日々が脳裏をよぎる。

「最初は、先輩に巻き込まれて……って思ってたけど。こうして築地本願寺のインド風の建物を見て、本多正信が支えた江戸初期の歴史の重みも知って……何より、こうしてチーフと一緒に……」

チーコは言葉を濁し、指先で湯呑みのふちを軽く撫えた。その頬が、9月の爽やかな陽気のせいだけでなく、ほんのりと赤く染まっている。

「……一緒に、色んな景色を見るのが、すごく大切で……私にとって、この時間は何よりもかけがえのないものになってます」

まっすぐに向けられた熱い瞳に、蒼井の胸の奥が激しく揺さぶられた。冷静沈着で通っているはずのチーフプロデューサーは、こういうストレートな言葉に対して、驚くほど無力だった。

「……俺もだ」 気づけば、絞り出すような低い声が口をついて出ていた。

「え……?」 「俺にとっても……お前とこうして築地を巡る時間は、悪くない……いや、何よりも代えがたい時間だ」

少しだけ照れくさそうに視線を逸らした蒼井の言葉に、チーコは息を呑んだ後、これまでにないほど愛おしそうな、蕩けるような笑みを浮かべてみせた。

その瞬間――。 穏やかなカフェの空気を切り裂くように、蒼井のポケットから鋭い通知音が鳴り響いた。

ロマンチックな雰囲気を容赦なく打ち砕くその電子音に、蒼井が「っ……!」と顔をしかめてスマートフォンを取り出すと、画面には当然のようにあのチャットアプリが開いていた。

『チーフ、築地本願寺から境内のカフェにかけての甘い空気、バッチリ観測させてもらった。9月の潮風の爽やかさも吹き飛ぶような、眩しい時間だったな』

オーナーからの容赦ないメッセージに、蒼井は頭を抱えた。「また見やがってあの野郎……!」 チーコがのぞき込んできた。「あ、オーナーからですか?」

画面にはさらに追い打ちのメッセージが光っている。

『なお、チーフのプライベート視察に対する労いとして、カフェの領収書データ、こちらも当然のごとく全額却下とする。自腹でしっかりと絆を深めるように』

「全くだ……完全に手の平の上だな、俺たちは」 頭を抱える蒼井を見て、チーコはクスッと声を上げて上品に笑った。

「ふふっ、オーナーさん、本当に絶妙なタイミングで邪魔してくれますね。でも……」 チーコは湯呑みを置き、まっすぐに前を見据えた。

「今日の分のカフェ代のお礼は、また次のサイクルでの最高の成果で返しますからね、チーフ!」

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