第1話:月の松と、新たな舞台への号令
花園稲荷神社の特集記事が大反響を呼んだ熱気がまだ冷めやらぬオフィスに、新たなサイクルの幕開けを告げるチャットの通知音が軽やかに響いた。
『Aチーム、前回の花園稲荷の取材、実に見事なチームワークだった。その調子で第3サイクルの舞台へ進んでもらう』
壁際の大型モニターに映し出されたオーナーからの指示に、デスクで資料を整理していた近藤とまゆみがパッと顔を上げる。
『次のターゲットは、上野の山に現存する最古の建造物であり、江戸三十三観音霊場の第六番でもある「清水観音堂」だ。歌川広重の浮世絵にも描かれた有名な「月の松」の絶景と、不忍池を見下ろす清水の舞台、そして子育て観音に込められた人々の祈りを、フレッシュな目線で切り取ってこい』
「清水観音堂……! あの、不忍池のほうから見上げる赤い舞台のところですね!」 まゆみが目を輝かせて声を上げると、近藤も相棒のカメラバッグを手に取り、頼もしく頷いた。
「はい! 広重の浮世絵にも描かれた『月の松』ってことは、あの丸い枝の隙間から景色を撮るんですよね。めちゃくちゃ絵になりそうです!」 「ああ、任せてくださいオーナー! 今度はさらに素敵な写真を撮ってきます!」
ふたりの気合に満ちた返答に、近くで作業をしていた佐久間とやよいも温かい笑みを向ける。 チーフの蒼井はタブレットから視線を上げ、静かに、しかし期待を込めた眼差しを向けた。
「清水観音堂は、京都の清水寺を模して建てられた歴史あるお堂だ。ただ景色が良いだけじゃなく、江戸の人々が大切にしてきた信仰の歴史が詰まっている。新人の二人らしい、素直で瑞々しい感性で捉えてきてくれ」 「はい、チーフ!」
先輩たちに見送られ、近藤とまゆみは新たな取材ノートを鞄に入れ、期待に胸を躍らせながらオフィスの扉を開けて飛び出した。秋晴れの爽やかな空の下、上野の杜へと向かうふたりの足取りはどこまでも軽やかだった。
第2話:清水の舞台と、月の松のフレーム
JR上野駅の公園口から上野恩賜公園を進み、西郷隆盛像の銅像エリアから不忍池へと下る途中の階段のすぐ脇に、ひときわ目を引く朱塗りの建造物が現れる。
「わあ……ここが、清水観音堂……!」 まゆみが足を止め、京都の清水寺を思わせる見事な「舞台造り」のお堂を見上げて感嘆の声を漏らした。
「うん。上野の山に残る最古の建造物なんだって。さっそく上がってみようか」 近藤に促され、ふたりは木の温もりを感じる階段を上り、お堂の舞台へと足を踏み入れた。
舞台の欄干から前方に視線を向けると、木々の緑の向こうに、不忍池の水面と水上に浮かぶ辯天堂の美しい姿が一望できる。 「すごい……風がすごく気持ちいい。上野の街の真ん中にいるのに、なんだか別世界みたいだね」 まゆみが両手を広げ、爽やかな秋風を心地よさそうに受け止める。
「本当だな。そして……あそこだ、噂の『月の松』は!」 近藤が指さした先、お堂の舞台から身を乗り出すようにして、見事な円を描くように枝を広げた松の木が佇んでいた。江戸時代の浮世絵師・歌川広重の『名所江戸百景』にも描かれ、現代に復元されたというその姿は、まるで絵画のなかのフレームのようだ。
「うわあ、きれい……! あの丸い松の輪っかの向こうに、ちょうど不忍池の辯天堂がすっぽり収まるんだね」 まゆみが感激したように呟く。
近藤は首から下げた一眼レフを構え、月の松の円(フレーム)のなかに辯天堂が美しく重なるよう、慎重にファインダーの焦点を合わせた。 「よし……まゆみさん、ちょっとその辺りに立ってみてよ。松の円と辯天堂と、まゆみさんを一緒にフレームに収めるから」 「えっ、私まで? じゃあ、ちょっと失礼して……」
まゆみが月の松のすぐそばへ歩み寄り、少し照れくそうに微笑んだ瞬間、近藤はシャッターを切った。 カシャリ、と軽快な音が秋晴れの空に響く。
「どう? うまく撮れた?」 「うん! すごく綺麗に撮れたよ。あとで見せるね」 近藤がディスプレイを確認して満足げに頷くと、まゆみはほっと安心したように微笑んだ。
参拝を済ませたあと、ふたりは舞台の脇に置かれた「願玉(ねがいだま)」の案内板に目を留めた。 「あ、これ、『願玉』だって。舞台の上から不忍池のほうに向けて投げて、あの円の中にうまく入れば願い事が叶うんだって!」 「面白そうだな。じゃあ、ふたりで挑戦してみようか」
小さなお願い事を込めて願玉を手に取り、ふたりは並んで舞台の欄干からそっと投げ入れた。 緑豊かな不忍池の空へ向かって描かれた小さな弧は、それぞれの胸に秘めた願いを乗せて、秋の風の中に消えていった。
「うまく入ったかな?」 「さあ、どうかな。でも、こうやって二人で一緒に祈ったから、きっと大丈夫だよ」
まゆみがいたずらっぽく笑い、近藤は少しだけ顔を赤らめながら頷いた。 歴史のロマンと優しい空気が満ちる清水観音堂の舞台で、ふたりの心はまた一段と近づいたようだった。
第3話:帰還の報告と、観音堂の温もり
心地よい秋風の余韻を胸に、近藤とまゆみは少し誇らしげな足取りでオフィスの扉を開けた。
「ただいま戻りました!」 「お疲れ様。清水観音堂の取材、どうだった?」 デスクで作業をしていたやよいが、淹れたての温かいお茶を差し出しながら優しく迎え入れてくれる。
近藤はさっそく撮影した画像データをメインPCに取り込みながら、興奮気味に声を弾ませた。 「はい! 京都の清水寺みたいな舞台造りもすごかったですけど、何より『月の松』が最高でした! 丸い松の枝のフレームの向こうに不忍池の辯天堂が綺麗に収まってて、すごく絵になるスポットでした!」 「あと、舞台の上から『願玉』を投げたりもして……歴史を感じつつ、すごく楽しかったです」 まゆみも手帳と取材メモを整理しながら、嬉しそうに微笑んだ。
その様子を斜め後ろから見守っていた佐久間が、ディスプレイに並んだ写真に目を細める。 「どれどれ……お、いいアングルじゃないか。月の松の円の中に辯天堂がすっぽり入ってる。新人の目線として、観光の楽しさと神社の魅力がしっかり伝わるいい写真だ」
「ありがとうございます!」 佐久間の褒め言葉に、近藤は照れくさそうに頭をかいた。
その時、オフィスの壁際に設置されたモニターの隅で、お馴染みのチャット通知音が軽やかに鳴り響いた。
『Aチーム、清水観音堂の取材ご苦労様だ。月の松を活かしたフレーミング、実に映える良いアングルだな。願玉の投げっぷりも上々だったようだ』
「っ……また見てたんですか、オーナー……!」 近藤が思わず頭を抱えると、オフィスのあちこちから佐久間やよいの笑い声が漏れる。
さらにオーナーからのメッセージが追撃するように光った。
『まあ、歴史ある舞台での清々しいリサーチは、チームの士気を高めるのに十分だな。お疲れの褒美に、今回は上野名物の和菓子を差し入れしておこう。次回は、Bチームがこのお堂の歴史の深さと子育て観音の信仰を紐解く番だ。しっかり頼むぞ』
「はい、お任せください!」 佐久間が力強く頷き、やよいも微笑みながらうなずいた。
オーナーの絶妙な見守り(?)に少し赤面しつつも、近藤とまゆみは無事に初陣を終えた達成感に包まれていた。 上野の杜の歴史と温かい人々に触れ、WEBメディアチームの絆はさらに一段と深まっていったのだった。

