東京十社群像譚(山王日枝神社編)『江戸の残り香、未来のノート』

山王日枝神社、本殿、佐久間とやよい SY長編(フィクション)
山王日枝神社、本殿、佐久間とやよい

第四章:日枝神社(星ヶ岡の清冽と、神猿に重ねる勝運の誓い)

第1節:山王橋の山王鳥居と、皇城鎮護の静寂

山王日枝神社、参道階段、佐久間とやよい
山王日枝神社、参道階段、佐久間とやよい

六月中旬の爽やかな初夏の光が、都心の高層ビル群のガラスを鮮やかに照らし出す港区・赤坂。 赤坂氷川神社での取材を終えたチームケロの2人は、溜池山王駅から山王橋へと足を進めていた。 緩やかな斜面を上り、2人の視界が開けたその瞬間——そこに聳え立っていたのは、大都会の真ん中とは思えないほどの圧倒的な重厚感を誇る大鳥居であった。

「はぁ……っ! 佐久間君、見てちょうだい……! この鳥居のフォルム……!」

白地に朝顔模様があしらわれたクラシカルなワンピースを纏ったヤヨイが、思わず足を止め、丸眼鏡を直しながら感嘆の息を漏らした。愛用の取材ノートを両手で強く胸に抱きしめている。

「鳥居の上に、まるで三角形の屋根……破風(はふ)が載っているみたいね。一目見ただけで背筋がピンと凍りつくような、この異彩を放つ重厚な佇まい……。赤坂の街のすぐ近くなのに、ここは空気の密度まで違う気がするわ」

「ええ。これこそが『山王鳥居(しのうとい)』と呼ばれる、日枝神社独特の鳥居です。合掌形を模したその形状は、神仏習合の歴史と独自の神道を今に伝える象徴です」

木々模様の落ち着いたジャケット姿の佐久間が、ヤヨイの重い取材機材と資料の巾着を片手で軽々と背負い直した。

山王日枝神社、参道階段、佐久間とやよい
山王日枝神社、参道階段、佐久間とやよい

「日枝神社は、文明十年に太田道灌公が江戸城の鎮守として勧請し、徳川家康公江戸入府以降は徳川将軍家から『皇城鎮護』……すなわち江戸城と将軍家を守護する最高峰の社として奉斎されてきました。『東京十社』のみならず『東京五社』の筆頭格でもあります。ヤヨイさん、山王男坂の急な石段は段差があります。僕の左腕をしっかり掴んで上りましょう」

「ありがとう、佐久間君……」

佐久間が差し出した力強い左腕に、ヤヨイはそっと手を重ねた。直に伝わる頼もしい体温。男坂を上り切ると、そこに広がっていたのは、都心の喧騒を完全に遮断した星ヶ岡の清涼な神域だった。

第2節:社務所の回廊、巫女さんの一礼と「江戸の記憶」

山王日枝神社、参道階段上、佐久間とやよい
山王日枝神社、参道階段上、佐久間とやよい

重厚な社殿の前へ向かうと、そこには一般的な神社に見られる狛犬ではなく、神使(神様のお使い)である一対の猿の像「神猿(まさる)」が静かに鎮座していた。 右側に立つ父猿像、そして左側で愛らしい子猿を優しく抱く母猿像。二人は深く頭を下げ、その格式に敬意を払う。

その時だった。 拝殿と社務所を繋ぐ洗練された回廊の向こうから、緋色の袴を揺らし、白い衣を纏った一人の巫女がすっと歩み出てきた。 神事の準備へと向かうその途上、社務所の角を曲がった瞬間——巫女は静かに足を止めた。

誰に指図されたわけでもなく、ただ自然な所作で身体の向きを綺麗に変えると、かつての江戸城……現在の「皇居」が存在する北東の空に向かって、背筋をすっと伸ばし、深く、実に美しい一礼を捧げたのだった。

「あ……っ!」

ヤヨイの胸が、ドクンと小さく跳ねた。 その一礼は、時間にすればほんの二、三秒のこと。しかし、一切の無駄がないその清々しい所作には、三百年以上前、将軍様にお背中を向けないよう徹底されていた「江戸の記憶」と品格が、今もなおこの現代に寸分違わず息づいていることを証明していた。

山王日枝神社、参道階段上、佐久間とやよい
山王日枝神社、参道階段上、佐久間とやよい

「佐久間君……いまの、見たかしら……?」

「ええ。しっかりと拝見しました」

山王日枝神社、参道階段、佐久間とやよい
山王日枝神社、参道階段、佐久間とやよい

ヤヨイが丸眼鏡の奥の瞳を潤ませながら、震える声で語りかける。

「巫女さんが社務所から本殿へ渡る際、すっと皇居に向かってお辞儀をされたわ……。格式が高い神社だということは頭で分かっていたけれど、あの清々しく美しい所作ひとつで、ここがどれほど大切に護られてきた神域なのか肌で理解できたわ……! 鳥肌が立っちゃった」

「さすがヤヨイさんです。その一瞬の美しさを見逃さない観察眼こそが、あなたのコラムの核になります。……江戸城を護り、皇居を護り続けてきたこの清冽な空気感こそが、日枝神社の真骨頂です」

第3節:神猿(まさる)の勝運と、重ね合わす手のひら

二人は授与所へと足を運んだ。そこには、神猿にちなんだ可愛らしい『まさる守り』や、木彫りの神猿がついた『まさる恋みくじ』が並んでいる。

「『まさる』……。『魔が去る』『勝る』に通じる、誠に縁起の良い神様のお使いです。父猿像は商売繁盛や勝運を、子猿を抱く母猿像は夫婦円満や安産、そして強固な良縁を授けてくださいます」

佐久間は授与された『まさる守り』と『まさる恋みくじ』を手に取ると、それをヤヨイの手のひらに優しく重ねた。そして、そのまま彼女の指先ごと、自身の大きな手でガチッと力強く包み込んだ。

山王日枝神社、千本鳥居、佐久間とやよい
山王日枝神社、千本鳥居、佐久間とやよい

「あ……佐久間君……っ」

「ヤヨイさん。『勝る』の神猿様の前で、僕に誓わせてください。あなたが言葉を紡ぐうえで直面するハラスメントや都会の喧騒、あらゆる『魔』を僕がすべて祓い去ります。そして、僕たちの未来をあらゆる試練に『勝ち勝る』強い絆にします。……仕事のプロデューサーとしても、一人の男としても、僕の人生の主役は一生ヤヨイさん、あなただけです」

「……っ、もう! 皇城鎮護の神様の前で、そんな真っ直ぐで男前な顔をして誓ってくれるなんて……っ。胸が熱くなって、丸眼鏡が嬉しさで曇っちゃうじゃない。……あなたという最高の守護神がいてくれるなら、私、どんな困難だって乗り越えていけるわ!」

社殿を吹き抜ける初夏の風が、二人の重ね合わせた手に優しく戯れていた。

第4節:千本鳥居の朱と、山王祭へ続く未来

参拝を終えた二人は、境内の西側に位置する『稲荷参道』へと足を進めた。 そこには、朱塗りの鳥居がずらりと連なる「千本鳥居」の隧道が伸びていた。一歩足を踏み入れると、朱色と木漏れ日が交錯する幻想的な光の空間が広がる。鳥居の先には、道ひらきの神を祀る『猿田彦神社』と『八坂神社』が静かに鎮座していた。

「根津神社の乙女稲荷の千本鳥居もドラマチックだったけれど、この日枝神社の千本鳥居は、道ひらきの猿田彦様へと続く力強さを感じるわね……」

「ええ。猿田彦神は『みちひらき』の神様です。ヤヨイさんと僕が歩むこれからの未来を、まっすぐに照らし開いてくださるでしょう」

千本鳥居の朱色の暗がりのなかで、二人はしっかりと手を握り直した。

山王日枝神社、千本鳥居、佐久間とやよい
山王日枝神社、千本鳥居、佐久間とやよい

「佐久間君。六月の日本三大祭り『山王祭』の王朝絵巻のような神幸祭の行列も、この千本鳥居の美しい朱色も、全部あなたの隣で取材して、私のノートに刻んでいきたいわ」

「もちろんです。九月のだらだら祭りも、冬の限定強運御守も、七夕の星合ひ参りも、そしてこの山王祭も……四季が巡っても、僕が一生あなたの隣で言葉と人生を支え続けます」

「ふふ、離れるつもりなんて最初から一切ないわよ、佐久間君! 次の『亀戸天神社』や『神田神社』へ向かう旅路も、ずっと私をエスコートしてね、私の生涯の主役さん!」

都会の真ん中に鎮座する星ヶ岡の神域。 皇城鎮護の品格と、巫女さんの一礼が示した江戸の記憶、そして神猿(まさる)の勝運に彩られた二人の絆は、どんな時代をも突き抜ける「強い確信」となって、どこまでも深く結ばれていくのだった。

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