東京十社群像譚(王子神社編)『江戸の残り香、未来のノート』

王子神社、本殿、佐久間とやよい 長編(フィクション)
王子神社、本殿、佐久間とやよい

第九章:王子神社(熊野の八咫烏と、八月の槍祭に誓う導きの光)

第1節:音無川の高台、飛鳥山を渡る八月の風

王子神社、鳥居、佐久間とやよい
王子神社、鳥居、佐久間とやよい

ギラギラと照りつける八月初旬の太陽が、北区王子の街並みを青白く浮かび上がらせていた。 JR王子駅の北口を降り立ち、北とぴあの脇を通り抜けて音無親水公園を見下ろす坂道を少し上がると、それまでの都会の喧騒が嘘のように遠のき、静けさに満ちた青々とした木立の丘が現れる。

東京十社めぐりの第九弾取材として、チームケロのプロデューサー・佐久間学とライター・ヤヨイの2人は、堂々と佇む『王子神社』の大きな社号標と鳥居の前に立ち尽くしていた。

「はぁ……っ! 佐久間君、見てちょうだい! 王子駅から北とぴあを抜けて坂を上ってくると、こんなにも緑豊かで威風堂々とした大社が鎮座しているのね! 8月の日差しは眩しいけれど、境内を渡る風がどこか誇らしくて凛としているわ」

白地に細やかな朝顔模様があしらわれた涼やかなワンピースを纏ったヤヨイが、丸眼鏡の位置をそっと直し、胸の前で愛用の取材ノートを大切そうに抱きしめた。

「ええ。王子神社は古くから東京の北の守護として崇敬を集めてきました。そしてヤヨイさん、いま僕たちが訪れている八月初旬は、この神社の一年で最も重要で熱気に満ちた『例大祭(通称:槍祭)』の時期です」

木々模様のジャケット姿の佐久間が、ヤヨイの重いカメラバッグと資料巾着を、いつものように自然な動作でサッと片肩へ背負い直した。

「槍祭……! だから境内全体に、どこか晴れやかで威厳のある独特な神気が漂っているのね。佐久間君、参道を進みましょう!」

「はい。段差に気をつけてくださいね」

佐久間が力強く差し出した左腕に、ヤヨイは迷いなく細い手を重ねた。直に伝わる頼もしい体温。二人は蝉時雨が降り注ぐ参道の石畳を、一歩一歩踏みしめて歩き出した。

第2節:大イチョウの生命力、関神社の祈りと「八咫烏」の謎解き

重厚な本殿で深く頭を下げた後、二人は音無川側にあたる境内の奥へと向かった。 そこに聳え立っていたのは、見上げるほどに巨大で、青々とした葉を無数に繁らせる『大イチョウ』だった。

「はぁ……っ! 佐久間君、なんて大きくて圧倒的な存在感なのかしら……! 幹の太さも葉の力強さも、まるで生きている太古の守護神のようね」

「東京都指定天然記念物、樹齢六百年を超える大銀杏です。昭和二十年の太平洋戦争の戦火により、王子の一帯は甚大な被害を受けましたが、この大イチョウは焼け焦げながらも奇跡的に生き残り、こうして今も力強く芽吹き続けています。まさに生命力と復興のシンボルですよ」

王子神社、大イチョウ、佐久間とやよい
王子神社、大イチョウ、佐久間とやよい

「戦火を潜り抜けた生命力……! その歴史を知るだけで、生きる勇気が湧き上がってくるわね」

さらに二人は、境内の一角にある珍しい末社『関神社(せきじんじゃ)』へと足を運んだ。

「あら……? 『髪の毛の神社』……? 百人一首で有名な蝉丸(せみまる)公をお祀りしているのね。自分の髪や健康、そして理美容の平癒を祈る全国的にも珍しいお社だわ」

「ええ。ヤヨイさんの美しい髪と健やかなお身体がずっと守られるよう、僕も深く祈願しました」

「あ……ありがとう、佐久間君……っ。……あ、でもね佐久間君。さっきから気になっていたのだけれど、社務所や手水舎のあちこちに、三本足の『八咫烏(ヤタガラス)』のお印があるわよね? 八咫烏って、和歌山の熊野神社のお遣いじゃなかったかしら?」

ヤヨイが丸眼鏡の奥の瞳を好奇心で輝かせると、佐久間は待っていましたと言わんばかりに優しく目を細めた。

「ふふ、さすがヤヨイさん、素晴らしい洞察力です。実は元亨二年、この地の領主であった豊島氏が、紀州の『熊野三山(熊野権現)』から神様を勧請し、手厚くお祀りしたのがこの神社の始まりです。熊野の御子神(王子)をお祀りしたことから『王子神社』と名付けられ、それがこの『王子』という地名そのものの由来となったのです。だからこそ、熊野の神使である八咫烏がここで大切に祀られているのですよ」

「熊野権現の勧請と『王子』の地名由来……! だから八咫烏様がいらっしゃるのね! 丸眼鏡の奥で謎が解けて、鳥肌が止まらないわ……っ!」

歴史の深い繋がりに胸を躍らせるヤヨイ。その丸眼鏡の奥で輝く瞳を、佐久間は愛おしそうに見つめていた。

第3節:春日局の「御槍」と、人生を正しい光へ導く八咫烏の誓い

王子神社、本殿、佐久間とやよい
王子神社、本殿、佐久間とやよい

二人は受給所で、八月の例大祭(槍祭)の時期にのみ授与される特別な古伝のお守り『御槍(おやり)』と、三本足の神使があしらわれた『ヤタガラス守り』を拝受した。

「黒地に金の意匠が映える、この珍しい『御槍』のお守り……なんて力強くて格好いいのかしら!」

「徳川三代将軍・家光公の乳母である春日局(かすがのつぼね)様が、家光公の病気平癒と将軍就任、無事成長をここで熱心に祈願し、見事成就した感謝として『槍』を奉納した伝承に由来しています。開運招福と、立ちふさがる悪災を鋭く祓い清める強いお守りです」

佐久間は授かったばかりの漆黒の『御槍』と『ヤタガラス守り』をヤヨイの華奢な手の上にそっと乗せた。そして、そのまま彼女の指先ごと、自身の大きな手でガチッと力強く包み込んだ。

「あ……佐久間君……っ」

直に伝わる佐久間の手の剥き出しの熱。ヤヨイの胸がドクンと大きく跳ね上がった。

「ヤヨイさん。神武天皇を勝利へと導いた導きの神・八咫烏と、春日局様の強い祈りが宿るこの御槍の前で誓わせてください。あなたが言葉を紡ぎ、ライターとして歩む未来でどんな暗闇や迷いが立ちふさがろうと、僕が迷いや災いを打ち破る『御槍』となり、あなたを正しい光へと導く『八咫烏』になります。僕たちの仕事も、二人で歩むこれからの未来も、僕がすべて正しいハッピーエンドへ導きます。……僕の人生の主役は、一生ヤヨイさん、あなただけです」

「……っ、もう! 八月の青空と大イチョウの木陰で、そんな真っ直ぐで男前な瞳で見つめながら誓ってくれるなんて……っ。どこまでもズルいのよ。胸が熱くなって、丸眼鏡が嬉しさで曇っちゃうじゃない。……あなたという最高の導き手(八咫烏)がいてくれるなら、私、どんな未来へだって迷わず進んでいけるわ!」

第4節:飛鳥山の風と、ノートに刻む未来の光

参拝を終えた二人は、音無親水公園の緑を眺めながら、飛鳥山公園の木陰へと足を進めた。 木漏れ日の中で、二人は冷たい和菓子とお茶でほっと一息をつく。

「王子地名のルーツである熊野の八咫烏、樹齢六百年の大イチョウの生命力、関神社の温かな祈り、そして春日局様の御槍の誓い……王子神社のすべての物語を、私のノートに溢れるほどの情熱で書き記していくわね、佐久間君!」

「ええ。ヤヨイさんの紡ぐ文章なら、読者の心を明るく照らす素晴らしいコラムになります。僕がどこまでもサポートしますから」

王子神社内、関神社、佐久間とやよい
王子神社内、関神社、佐久間とやよい

佐久間は優しく微笑むと、ヤヨイの指先に自身の指をそっと絡ませ、熱い手をギュッと握り直した。

「佐久間君。日枝神社の裏鬼門、神田明神の表鬼門、白山神社の白山権現、そしてこの王子神社の八咫烏……あなたと巡る『東京十社』の旅は、私の人生を最高の光で照らしてくれたわ。……いよいよ最後の1社へ向かう旅路も、ずっと私をエスコートしてね、私の生涯の主役さん!」

「もちろんです。仕事のパートナーとしても、一人の男としても、一生あなたの隣から離れません。どこまでも一緒に歩んでいきましょう」

飛鳥山の緑を渡る夏風と、槍祭の晴れやかな神気。 「王子」の地名を生み出した熊野の導きと天下の御槍の祈りに守られた二人の絆は、どんな暗闇も切り開く強い光となって、未来へとどこまでもまっすぐに結ばれていくのだった。

タイトルとURLをコピーしました