第1話:浅草神社(三社の熱狂、夏詣の風鈴、夫婦狛犬と被官稲荷に誓う『大丈夫』の福)
第一章:五月・三社祭の熱狂と、世界へ舞う江戸の誇り
五月中旬の浅草。街全体を包み込んでいたのは、皮膚をビリビリと震わせる太鼓の重低音と、幾重にも重なる「ワッショイ! ワッショイ!」の地鳴りのような掛け声だった。
新連載『東京福めぐり』の最初の取材として、チームケロのプロデューサー・佐久間学とライター・ヤヨイの2人が訪れたのは、江戸三大祭りの筆頭・『三社祭(さんじゃまつり)』に沸き立つ浅草神社の境内だった。
「はぁ……っ! 佐久間君、見てちょうだい! 宮神輿を担ぐ江戸っ子たちの熱気と、沿道から送られる熱い歓声……っ! 街全体がひとつの生き物みたいに拍動しているわね!」
新緑を思わせる爽やかな着物に薄手の羽織を合わせたヤヨイが、丸眼鏡の位置を何度も直しながら、丸い瞳を輝かせて叫んだ。胸の前には、新しい連載のために用意した真っ白な取材ノートが大切そうに抱えられている。
「ええ。推古天皇の時代、隅田川で観音様を引き揚げた三柱の郷土神(土師中知・桧前浜成・竹成)をお祀りする三社様の大祭です。一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮の宮神輿が練り歩くこの熱狂こそ、浅草の魂そのものですよ」
木々模様のジャケット姿の佐久間が、人波の衝撃からヤヨイを守るようにすっと背後に回り込み、彼女のカメラバッグをサッと片肩へ背負い直した。スマホの画面をヤヨイに見せながら、佐久間が優しく微笑む。
「ご覧ください。現代では境内の熱気がYouTubeで世界中にリアルタイム配信されています。国境を越えて世界中の人々が、この浅草の伝統と祈りに熱視線を送っているのです」
「世界中にライブ配信……! 古い歴史を守りながら、新しい時代へ発信し続ける浅草の底力ね! この熱気、私のノートに溢れんばかりの情熱で書き留めておくわ!」
熱気に包まれる境内の中で、佐久間は力強い左腕を差し出した。ヤヨイはその腕に甘えるようにしっかりと手を重ね、三社祭の誇り高き熱風を肌で受け止めたのだった。
第二章:七月・夏越の大祓から夏詣へ、風鈴が奏でる涼やかな祈り
そして季節は巡り、七月一日。初夏の爽やかな青空が広がる浅草神社は、五月の熱狂とはうって変わって、清々しく涼やかな静寂に包まれていた。
鳥居をくぐると、境内に設置された大きな緑の「茅の輪(ちのわ)」と、参道沿いにズラリと吊るされた数え切れないほどの風鈴が、チリン、チリンと涼やかな音色を奏でて二人を出迎えた。
「はぁ……っ! 5月の三社祭の熱気も凄かったけれど、この夏の浅草神社はなんて涼やかで幻想的なのかしら……っ! 風鈴の音が風に乗って、心の中の雑念まで洗い流してくれるみたいだわ」
「ええ。浅草神社は、六月末の『夏越の大祓』で半年の罪汚れを祓い、七月一日から残りの半年の平穏を祈る『夏詣(なつもうで)』という新しい参拝習慣を全国へ提唱した発祥の神社なのです」
「夏詣の発祥の地……! 一年の始まりの『初詣』に対して、一年の折り返しを慈しむ『夏詣』ね。なんて日本らしくて素敵な文化なのかしら」
二人は社務所で、七月限定の『夏詣特別御朱印』を拝受した。風鈴と夜空に上がる花火が色鮮やかに描かれた限定御朱印に、ヤヨイは思わず息をのんだ。
「風鈴と花火あしらわれた美しい限定御朱印……! 季節の節目を大切にする日本の心が、この一枚にぎゅっと凝縮されているわね」
第三章:朝の静寂、夫婦狛犬の相合傘と奇跡の被官稲荷神社
そして三日目。特別な行事のない、ある晴れた日の朝九時前。 二人は浅草神社の本来の顔である、清々しく静謐な朝の境内を訪れていた。
雷門の方角から、風情溢れる人力車がカタカタと軽やかな音を立てて境内に乗り入れてくる。朝の光が眩しく射し込む参道で、二人は鳥居のすぐ右手前に佇む小さな石像の前に足を止めた。
「あら……っ! 佐久間君、見てちょうだい! この狛犬様……二体が寄り添って、頭の上に赤い相合傘が架けられているわ……!」
ヤヨイが感嘆の声をあげる。それは通常の対になる狛犬とは異なり、二体が相合傘の下で仲睦まじく肩を並べる、非常に珍しい江戸初期の『夫婦狛犬(めおとこまいぬ)』であった。
「ええ。良縁成就・夫婦和合の象徴として愛されている狛犬様です。どんな時も互いに寄り添い、雨風を共に凌ぐ相合傘……微笑ましくも尊いお姿ですね」
「相合傘の下で寄り添う狛犬様……。見ているだけで胸がキュンと温かくなるわね」
続いて佐久間は、ヤヨイを本殿の東側に静かに鎮座する末社へと案内した。赤い鳥居が連なるそのお社は、『被官稲荷神社(ひかんいなりじんじゃ)』であった。
「この被官稲荷様は、安政二年、江戸の町火消しの頭領・新門辰五郎(しんもんたつごろう)が妻の重病平癒を感謝して勧請したお社です。そして驚くべきことに、この安政時代の社殿は、昭和二十年の東京大空襲の激しい戦火を奇跡的に免れて、今もこの地に現存しているのですよ」
「東京大空襲の戦火を免れた奇跡の社殿……! 新門辰五郎様の深い愛と、強い運命の力を感じるわね」
「はい。浅草神社の本殿も徳川家光公寄進の国指定重要文化財として戦火を免れました。この浅草神社、そして被官稲荷神社を参拝した後に、すぐ隣の浅草寺様へお参りする……これこそが、浅草で最高の福とご利益を授かる究極のトリプル参拝ルートなのです」
「浅草寺様、三社様、そして奇跡の被官稲荷様……! 3社を巡ることで、神様と仏様の温かいご利益に丸ごと包まれるような、最高にお得で豊かな気持ちになるわね!」
第四章:手渡された『大丈夫』と、相合傘に誓う未来の福
参拝を終えた二人は、木漏れ日が揺れる境内のベンチへ。 佐久間は授与所で密かに拝受していた、朱地に金の刺繍で「大丈夫」と大きく刻まれた『大丈夫お守り』を取り出した。
佐久間はその力強いお守りをヤヨイの細い手のひらにそっと乗せると、そのまま彼女の指先ごと、自身の大きな手でガチッと力強く包み込んだ。
「あ……佐久間君……っ?」
手を通し直に伝わる、佐久間の熱い体温と力強い脈動。ヤヨイの胸がドクンと大きく跳ね上がった。
「ヤヨイさん。あの夫婦狛犬様のように、これから始まる『東京福めぐり』の旅も、僕は一生あなたと相合傘で寄り添って歩んでいきたいです。新門辰五郎の強運とこのお守りのように……僕が隣にいれば、あなたの未来は絶対に『大丈夫』ですから。僕たちの新しい旅も、二人で歩む未来も、僕がすべて最高のハッピーエンドへ導きます。……僕の人生の主役は、一生ヤヨイさん、あなただけです」
「……っ、もう! 朝の清々しい境内で、そんな真っ直ぐで男前な瞳で見つめながら『大丈夫』なんて言われたら……っ。胸が熱くなって、丸眼鏡が嬉しさで曇っちゃうじゃない。……あなたという最高のパートナーが相合傘で守ってくれるなら、私、どんな新しい未来へだって絶対に『大丈夫』だわ!」
そう言って泣き笑いのような笑顔を浮かべるヤヨイ。佐久間はその愛おしい手を強く握り返した。
第五章:浅草寺への歩みと、広がる福の物語
浅草神社と被官稲荷神社の参拝を終えた二人は、そのまま隣接する浅草寺の境内へと足を進めた。
都内最古の寺院である浅草寺の本堂前では、線香の煙がたなびき、世界中から訪れた参拝客の笑顔が弾けていた。
「三社様から観音様のおわす浅草寺様へ……。神様と仏様がこんなにも近くで仲良く人々を見守っている浅草の街って、本当にあったかくて福に満ちているわね、佐久間君!」
「ええ。浅草寺の観音様を引き揚げた三柱の郷土神を祀る浅草神社。この二つの聖地を巡ることで、僕たちの『東京福めぐり』は最高のスタートを切ることができました」
佐久間は優しく微笑むと、仲見世通りの賑わいを見つめた。
「参拝のあとは、門前の老舗で冷たい『氷クリームソーダ』と『浅草みたらし団子』をいただきながら、あなたのノートにこの三日間の素晴らしい物語を刻みましょう」
「ええ! 5月の三社祭の情熱も、7月の夏詣の風鈴も、夫婦狛犬様のぬくもりも、被官稲荷様の奇跡も……全部全部、あなたの隣でノートに刻んでいきたいわ! 新しい『東京福めぐり』の旅路も、ずっと私を離さないでね、佐久間君!」
「もちろんです。一生、あなたの隣から離れません」
仲見世を渡る夏の爽やかな風と、浅草寺の鐘の音。 三社の熱狂と夏詣の祈り、そして夫婦狛犬の相合傘に見守られた二人の絆は、新しい『東京福めぐり』のスタートとともに、どこまでも深く、そして永久(とわ)に結ばれていくのだった。

