神田の町を抜ける二人の頭上には、初夏の空が広がっていた。
恒一郎は道の左右へ目を配り、時折、町人と言葉を交わした。
迷子を母親のもとへ連れていき、荷車の車輪が外れて困っている商人を手伝い、道端で言い争っている男たちを静める。
剣を抜くような騒ぎはなくとも、見回り役の務めはいくらでもある。
ちーこは、その少し後ろを歩いていた。
最初のうちは大人しくしていたが、やがて露店の簪に目を奪われ、焼き団子の匂いに立ち止まり、風に飛ばされた子どもの手毬を追いかけた。
「ちーこ」恒一郎の声が飛ぶ。
「ちゃんとついてきております」
「俺の後ろではなく、団子屋の前にいるように見えるが」
「これは、お千代ちゃんへの土産です」ちーこの手には、いつの間にか小さな包みがあった。
「熱のある子に団子を食わせるつもりか」
「元気になってから食べてもらうのです」恒一郎は何も言わなかった。
ただ、その口元にわずかな笑みが浮かんだ。
それを見たちーこは、少し得意そうに胸を張った。
「恒一郎さまも、ひとつ召し上がりますか」
「いらぬ」
「本当は欲しいのでしょう」
「いらぬと言っている」
「では、わたしがいただきます」
「お千代への土産ではなかったのか」
「あちらは、もう一包みございます」
恒一郎が振り返ると、ちーこは串団子を頬張っていた。
その横顔に、道を行く若い男たちが思わず目を向ける。
江戸の町では、ちーこの姿はよく目立った。
すらりとした立ち姿。結い上げた髪からのぞく白いうなじ。大きな瞳には勝気な光があり、それでいて笑えば春の日差しのように柔らかい。
恒一郎は、視線を向ける男たちの前へさりげなく身体を移した。
「少し急ぐぞ」
「まだ団子が」
「歩きながら食べるな」
「では、恒一郎さまが持ってくださいませ」ちーこは食べかけの団子を恒一郎へ差し出した。
「俺にどうしろというのだ」
「落とさないように」
「自分で持て」
「わたしは土産の包みで両手がふさがっております」恒一郎はため息をつき、団子の串を受け取った。
町人たちは、刀を差した見回り役が食べかけの団子を持たされて歩く姿を、不思議そうに眺めていた。
「ほら、やっぱり三ツ葉屋のお嬢さんが引っ張っている」
誰かのささやきが聞こえた。
恒一郎は聞こえないふりをした。
