東京十社群像譚(赤坂氷川神社編)『江戸の残り香、未来のノート』

赤坂氷川神社、絵馬、佐久間とやよい 長編(フィクション)
赤坂氷川神社、絵馬、佐久間とやよい

第三章:赤坂氷川神社(氷川坂の風と、梛の木に重ねる四合の絆)

第1節:氷川坂の青葉と、奇跡の江戸社殿

赤坂氷川神社、大イチョウ、佐久間とやよい
赤坂氷川神社、大イチョウ、佐久間とやよい

六月上旬のうららかな午後。六本木や赤坂の絢爛たる高層ビル群が、初夏の眩しい陽光を受けて青空にそびえ立っている。
千代田線の赤坂駅から氷川坂を上り、かつて勝海舟翁が晩年を過ごした邸宅跡(赤坂氷川公園)の歴史的な風情を感じながら歩を進めると、大都会の喧騒が嘘のように遠のく静寂の住宅街が現れる。

『東京十社めぐり』の第三弾取材として、チームケロのプロデューサー・佐久間学と、ライター・ヤヨイの2人は、赤坂氷川神社の重厚な大鳥居の前へと佇んでいた。

「はぁ……っ! 佐久間君、見てちょうだい……。六本木や赤坂の目眩がするような華やかさからほんの少し足を踏み入れただけで、こんなにも深く静かな緑の神域が広がっているなんて。徳川八代将軍吉宗公が享保十五年に建てさせた社殿が、安政の大地震も東京大空襲も奇跡的に免れて現存している……。参道の木漏れ日を浴びているだけで、江戸の強い意志が肌に直接伝わってくるわ」

白地に細やかな朝顔の文様をあしらった凛としたワンピースを纏ったヤヨイが、細い指先で丸眼鏡の角度をそっと直しながら、感嘆の吐息を漏らした。愛用の取材ノートとカメラの入った巾着を、両手で慈しむように抱きしめている。

「ええ。吉宗公の天下普請によって造営された本殿・幣殿・拝殿は、まさに江戸の奇跡と呼ぶにふさわしい有形文化財です。そして何よりここは、出雲の大国主命、スサノオノミコト、クシイナダヒメノミコトをお祀りする、江戸屈指の『良縁・縁結び』の聖地でもあります。ヤヨイさんの連載の成功と、僕たちの未来を祈願するのに、これ以上の場所はありません」

木々模様の落ち着いたジャケット姿の佐久間が、ヤヨイの重い資料バッグと巾着を、片手で当たり前のようにサッと背負い直した。

「ヤヨイさん、鳥居をくぐった先の階段や参道は少し段差があります。僕の腕を掴んで歩いてくださいね」

佐久間が自然な所作でそっと左腕を差し出す。ヤヨイは丸眼鏡の奥の瞳を愛おしそうに細めると、迷いなくその腕に優しく手を重ねた。直に伝わる、佐久間の包容力に満ちた温かな体温。

赤坂氷川神社、参道、佐久間とやよい
赤坂氷川神社、参道、佐久間とやよい

第2節:勝海舟の粋『四合稲荷』と、梛の木に包む「さくらんぼ結び」

赤坂氷川神社、本殿、佐久間とやよい
赤坂氷川神社、本殿、佐久間とやよい

朱と黒の重厚な本殿で深く頭を下げ、江戸の神気に身を包まれた後、二人は境内の奥に佇む『四合(しあわせ)稲荷』へと向かった。 鳥居の脇に立つ解説板を前に、ヤヨイが感心したように声を弾ませる。

「『四合稲荷』……。かつてこの地に暮らした勝海舟翁が、境内にあった4基の稲荷社を合祀される際、『四つの稲荷が合わさる=四合(しあわせ)』と名付けられたのね。幕末の英傑らしい、なんて粋で心温まるネーミングなのかしら」

「ええ。勝海舟翁がこの赤坂の地で『氷川清話』を語り、人々の幸せを願った精神が今も息づいています。……ヤヨイさん、次はこちらへ」

佐久間が案内したのは、樹齢四百年を超える大銀杏の傍らに立つ神木「梛(ナギ)の木(願の木)」の前だった。 二人は授与所で授かった『恋みくじ(200円)』をそっと開く。中には、愛らしい「さくらんぼの根付」と一本の鮮やかな赤い糸が入っていた。

「この梛の木は、葉脈が縦にしか入っていないため『横に引っ張っても絶対に破れない=決して縁が切れない・夫婦円満』の象徴とされているんです。この恋みくじのさくらんぼについている赤い糸を、願いを込めて梛の木の枝へ結びつける『さくらんぼ結び』をすると、絶対に解けない良縁が結ばれると言われています」

「絶対に切れない梛の木に、さくらんぼの赤い糸を……。なんてロマンチックな縁結びなのかしら」

ヤヨイが赤い糸を手に持ち、梛の木のしなやかな枝へと向かって手を伸ばしたその瞬間——。

「ヤヨイさん、一緒に結びましょう」

佐久間が背後から静かな声で語りかけ、ヤヨイが赤い糸を握る細い指先を、上から自身の大きな手でガチッと力強く包み込んだ。 剥き出しの熱い体温が、二人の重ね合わせた手を包み込む。二人の指先が連動するように動き、さくらんぼの赤い糸が梛の木の枝へと、強く、深く結び付けられていった。

「あ……佐久間君……っ」

「勝海舟翁が『四合(しあわせ)』と名付けたように、そしてこの梛の木の葉が絶対に破れないように……。ヤヨイさん、僕とあなたの縁も、一生解けることはありません。仕事のパートナーとしても、一人の男としても、僕はあなたを陰の盾となって一生幸せにし抜きます」

「……っ、もう! 佐久間君はどこまでも直球で男前なんだから。梛の木の前でそんな真っ直ぐな言葉、丸眼鏡が嬉しさで曇っちゃうじゃない。……四合のしあわせも、このさくらんぼの赤い糸も、あなたと一緒に一生抱きしめていくわ」。

第3節:桃の節供、星合ひの夜〜巡る季節と『かさね』の約束〜

赤坂氷川神社、大イチョウ、佐久間とやよい
赤坂氷川神社、大イチョウ、佐久間とやよい

授与所に戻った二人の手元には、毎月和の伝統色を重ね合わせる月参り限定御朱印『かさね』と、女性の髪を守り良縁を結ぶ『四合(しあわせ)御櫛(みぐし)』が授けられた。

「ヤヨイさん。赤坂氷川神社には、毎月一日の『縁結び参り』だけでなく、年にたった一度しか訪れない特別な縁結びの日があります」

「年に一度の特別なお参り……?」

「ええ。三月三日の『桃の節供 縁結び参り』では、境内に桃の花が活けられ、雅楽の音色が漂うなかで女性の健やかな良縁を祈るしめやかな神事が行われます。そして七月七日の『星合ひの縁結び参り』では、夕闇の参道に灯籠の明かりが灯り、七夕の短冊に願いを託す幽玄な世界が広がるんです」

佐久間の言葉に、ヤヨイは授かった『かさね』の御朱印を見つめながら、感無量といった様子で胸に手を当てた。

「三月三日の桃の花が咲くしめやかな祈り……七月七日の星合ひの夜の灯籠のひかり……。毎月変わるこの『かさね』の御朱印みたいに、あなたと重ねていく季節の景色は、どれほど美しいかしら」

参拝を終えた二人は、氷川坂沿いの静寂に包まれた古民家風の和カフェへと足を進めた。 冷たい抹茶と季節の和菓子を前に、二人は並んで手を重ね合っていた。

「佐久間君、あなたの完璧なリサーチと男らしいエスコートのおかげで、『東京十社めぐり』の第三章も最高のストーリーになったわ。勝海舟翁の気風みたいに頼もしいあなたの姿を近くで見られて、胸のドキドキが止まらないの」

「いいえ、ヤヨイさんの紡ぐ言葉が素晴らしいからです。……ヤヨイさん、三月三日の桃の節供も、七月七日の星合ひ参りも、全部僕と一緒に来ましょう。仕事のプロデューサーとしても、一人の男としても、あなたの人生の主役として一生隣から離れません」

「ふふ、喜んでついていくわ。私たちのハッピーエンドのその先へ、ずっと私を離さないでね、佐久間君!」

赤坂の静寂な街並みに、初夏の爽やかな風が吹き抜けていく。 吉宗公の奇跡の社殿と勝海舟翁の「四合」の粋、そして梛の木に結ばれたさくらんぼの赤い糸に彩られた二人の絆は、巡る四季の言葉とともに、どこまでも強く、美しく紡がれていくのだった。

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