東京福めぐり(鳥越神社編)『江戸の残り香、未来のノート』

鳥越神社、参道にて、佐久間とやよい 長編(フィクション)
鳥越神社、参道にて、佐久間とやよい

第2話:鳥越神社(白鳥橋の導き、ざるかぶり犬張子とARCのコーヒーに咲く『笑顔』の福)

第一章:蔵前の街と、白鳥橋(しらとりばし)に眠る白鳥の奇跡

八月半ばの朝。浅草橋から蔵前へと続く下町の通りには、どこか落ち着いた夏の風が吹き抜けていた。 都営浅草線の浅草橋駅を降り、昭和の情景を残す「鳥越おかず横丁」の心地よい活気を抜けて歩くこと数分。『チームケロ』のプロデューサー・佐久間学とライター・ヤヨイの2人は、鳥越神社の参道手前にひっそりと置かれた古い石の構造物の前に足を止めていた。

「はぁ……っ! 佐久間君、見てちょうだい! 鳥越神社様のすぐ目と鼻の先の道端に、『白鳥橋』という古い親柱の痕跡が残っているわ! うっかり見落としてしまいそうな小さなしるしだけれど、ここにも深い歴史が眠っているのね」

生成り色の涼やかな夏着物に、薄紫色の羽織を羽織ったヤヨイが、丸眼鏡の位置を直しながら、愛用の取材ノートを抱きしめて声を弾ませた。

「ええ、素晴らしい着眼点です。まさにここが、この神社の歴史を決定づけた『奇跡の場所』ですよ」

木々模様の落ち着いたジャケットを羽織った佐久間が、いつものように自然な動作でヤヨイの重いカメラバッグと取材資材の巾着をサッと片肩へ背負い直した。

「今から千年以上前、前九年の役(1057年)で奥州へ向かう源義家(八幡太郎)公が、敵に追われてこの鳥越の地に追い詰められました。行く手を川(旧鳥越川)に阻まれ、どこを渡るべきか迷っていた際、どこからともなく一羽の美しい白鳥が飛び立ち、川の浅瀬を教えてくれたのです。義家公はその加護によって無事に川を渡り切り、難を逃れました。義家公はこの感謝を込めて『鳥越大明神』の社号を贈られたのです」

「白鳥が浅瀬を教えて導いてくれたから、『鳥を越える=鳥越』……! そしてその鳥越川に架かっていた橋が、この『白鳥橋』なのね! この小さな親柱が、義家公を救った白鳥のロマンを今に伝えているなんて……丸眼鏡の奥で鳥肌が立っちゃうわ!」

「ええ。目立たない場所にある歴史の痕跡に気づき、その情景を言葉に紡ぐ……それこそがヤヨイさんの才能であり、僕たちの『福めぐり』の真骨頂です」

佐久間は優しく微笑むと、力強い左腕を差し出した。ヤヨイはその腕に甘えるようにしっかりと手を重ね、鳥越神社の静謐な鳥居をくぐったのだった。

第二章:千貫神輿の気魄と、3社御朱印の至福

鳥越神社の境内に入ると、周囲のビル街の喧騒が嘘のように消え去り、クスノキの大木が作る深い緑の木漏れ日が二人を包み込んだ。

二人は重厚で威風堂々とした拝殿前で深く頭を下げ、主祭神である日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に手を合わせた。

「佐久間君、6月に行われる『鳥越祭』の熱気もすごいそうね。ここで担がれるお神輿って、特別なものなのかしら?」

「ええ。都内最大級、重さ約四トン(千貫)を誇る『千貫神輿(せんがんみこし)』です。日が暮れると神輿の周りに高張り提灯が灯され、弓張り提灯を掲げた氏子たちに囲まれて宮入する『鳥越の夜祭』は、都内屈指の荒々しくも美しい幻想的な大祭として知られています」

「約4トンの千貫神輿……! 夜の闇の中に提灯の明かりが浮かび上がる光景、想像するだけで胸が熱くなるわね!」

参拝を終えた二人は社務所へ。手渡された御朱印帳を開いたヤヨイは、そこに並ぶ力強い三つの墨書に感嘆の声をあげた。

「あ……っ! 鳥越神社様だけでなく、末社の『福寿社』様と『志志岐神社』様の御朱印まで! 3社分の御朱印が揃うなんて、なんて贅沢で晴れやかなのかしら!」

「ええ。倉稲魂命や大国主神を祀る『福寿社』と、安産・子宝・女性の守護神として九州・対馬から勧請された『志志岐神社(ししきじんじゃ)』。本社とともにこの末社をお参りすることで、安産・健康・商売繁昌の完璧な福をいただくことができます」

第三章:【竹+犬=笑】——ざるかぶり犬張子の粋な意味

境内の散策を続けた二人は、授与所に並ぶ、頭に竹籠(ざる)をかぶった愛らしい『ざるかぶり犬張子(いぬはりこ)』の前に足を止めた。

「まぁ……! 佐久間君、見てちょうだい! 花柄の着物を着た可愛い犬張子様が、頭に竹籠(ざる)を被っていらっしゃるわ! なんて可愛らしくて微笑ましいお姿なのかしら! でも……どうして犬張子様がざるを被っているのかしら?」

不思議そうに丸眼鏡を直すヤヨイ。佐久間は満足そうに口元を緩めると、買い求めていた『ざるかぶり犬張子』をヤヨイの細く華奢な手のひらにそっと乗せ、そのまま彼女の指先ごと、自身の大きな手でガチッと力強く包み込んだ。

「あ……佐久間君……っ?」

「これは、江戸庶民の粋な解読と、親から子への深い愛情が込められた縁起物なのです。『竹(ざる)』の下に『犬』を置く……この二つの漢字を上下に組み合わせてみてください」

「『竹』かんむりの下に『犬』……? あ……っ! 【竹】+【犬】で……漢字の【笑】という字になるわ……っ!」

「その通りです。子供がすくすく元気に育ち、家庭にいつも『笑顔(笑い)』が絶えないように……という江戸っ子の粋なシャレと願掛けが込められているのです」

「【竹】と【犬】で【笑う】……! まぁ! なんて素敵なセンスと温かい祈りなのかしら……っ! 丸眼鏡の奥で感動しちゃったわ!」

第四章:鳥居を臨むカフェ『ARC』と、一生の『笑顔』の誓い

参拝と取材を無事に終えた二人は、鳥越神社の鳥居のすぐ向かいにあるスタイリッシュなカフェ『ARC(アーチ)』へと足を踏み入れた。

お店の入り口やカウンターには、鳥越神社の鳥居の湾曲(アーチ)をモチーフにした美しくやわらかなカーブが施され、真空管アンプから流れるヴィンテージジャズの温かい音色が心地よく響いている。

二人は大きなガラス窓越しに鳥越神社の緑と鳥居が綺麗に見える特等席に腰掛けた。運ばれてきたのは、キリッと冷えた「アイスアメリカーノ」と、評判の「キャロットケーキ」である。

「はぁ〜っ……! 鳥越神社様の鳥居のアーチにちなんだ『ARC』さんでいただく冷たいアメリカーノとキャロットケーキ、なんてお洒落で落ち着く空間なのかしら……っ! スパイスの効いたケーキとコクのあるコーヒーが、お参りのあとの心に染み渡るわね、佐久間君」

「ええ。歴史ある神社の鳥居を眺めながら、こうして君とゆっくりコーヒーを味わう……プロデューサーとしても、一人の男としても、至福のひとときです」

佐久間は優しく目を細めると、テーブルの上に置かれた『ざるかぶり犬張子』と、ヤヨイの細い手の上に、自身の大きな手をそっと重ね直した。

「ヤヨイさん。かつて白鳥が源義家公を導いたように、僕も一生あなたの道を照らし、支える『白鳥』になります。そして……この犬張子様のように、これから二人で歩む未来にも、一生あなたと僕の間に『笑顔』が絶えないように……僕はあなたを幸せにし続けます。僕の人生の主役は、一生ヤヨイさん、あなただけです」

「……っ、もう! ジャズが流れるカフェの中で、そんな真っ直ぐで男前な瞳で見つめながら『笑顔』を約束してくれるなんて……っ。どこまでもズルいのよ。胸が熱くなって、丸眼鏡が嬉しさで曇っちゃうじゃない。……あなたという最高の導き手がいてくれるなら、私、どんな未来だって毎日ニコニコ笑顔で進んでいけるわ!」

ガラス越しに見える鳥越神社の鳥居と、夏の木漏れ日。 白鳥明神の導きと【笑】の犬張子に見守られた二人の絆は、新しい『東京福めぐり』の旅路で、どこまでも温かく、そして永久(とわ)に結ばれていくのだった。

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