飯倉熊野権現 大江戸編 『帰る道を知る烏』

江戸時代、夕暮れ、ちーこと蒼井 短編江戸(フィクション)
江戸時代、夕暮れ、ちーこと蒼井

飯倉へ向かう道は、人の往来が多かった。
武家の供。
荷を担ぐ人足。
商人。
旅姿の男。
寺社参りらしい女たち。
行き交う人々の合間を縫うように、ちーこと恒一郎は歩いていく。

ちーこは、小さな包みを腕に抱えていた。
三ツ葉屋から届ける品である。

最初のうちは、きちんと恒一郎の横を歩いていた。
しかし四半刻もたたないうちに、

「あら」と言って立ち止まった。

恒一郎も足を止める。

「なんだ」

「見てくださいませ」

道端に、小さな子どもがしゃがみ込んでいた。
泣いている。

「母上がいないの」

ちーこはすぐに子どもの前へ膝をついた。

「どこではぐれたの?」

「わからない」

「困りましたね」

恒一郎が後ろから声をかけた。

「ちーこ」

「騒ぎに首を突っ込むな、とおっしゃりたいのでしょう」

「……そう言うつもりだった」

「でも、泣いております」

恒一郎は子どもを見た。
そして、ため息をひとつ。

「名は」

「新吉」

「どこから来た」

「芝」

「母親の名は」

子どもが答える。

恒一郎は周囲を見回した。

「人通りの多いところだ。遠くへは行っていないだろう」

「新吉ちゃん」

ちーこは笑った。

「わたしたちが、お母さまを探してあげます」

「ちーこ」

「はい」

「荷はどうする」

「あ」

恒一郎は空を仰いだ。

「だからお前は」

「いま思い出しました」

「忘れていたのだろう」

「忘れてはおりません。少しだけ後ろへ置いていただけです」

「それを忘れたと言う」

結局、荷は近くの知り合いの商家へ一時預けることになった。
町人たちは、見回り役の恒一郎が迷子を連れ、その横を華やかな娘が歩く姿を面白そうに見送っていた。

「あれは三ツ葉屋のお嬢さんじゃないか」

「隣は蒼井の若旦那だ」

「またお嬢さんに振り回されてるぞ」

恒一郎の耳にも聞こえている。

ちーこは楽しそうだった。

「恒一郎さま」

「なんだ」

「皆さま、よくわたしたちを見ておりますね」

「お前が目立つからだ」

「恒一郎さまも十分目立ちます」

「俺は見回り役だからな」

「では、二人で歩けば倍ですね」

「何が倍なのだ」

ちーこは答えず笑った。

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