飯倉熊野権現 大江戸編 『帰る道を知る烏』

江戸時代、夕暮れ、ちーこと蒼井 短編江戸(フィクション)
江戸時代、夕暮れ、ちーこと蒼井

参拝を終えたあと、ちーこは社務を預かる者から、熊野の牛王宝印について話を聞いた。
神への誓い。
嘘偽りのない約束。
その重さを聞きながら、ちーこの瞳は次第に真剣になっていった。

境内を出たあと、彼女は恒一郎の横を歩きながら尋ねた。

「恒一郎さま」

「なんだ」

「神さまの前で交わす約束は、それほど重いものなのですか」

「軽々しく口にするものではないだろうな」

「破れば」

「神への誓いを破ったことになる」

「では」

ちーこは足を止めた。

恒一郎も止まる。

「なんだ」

ちーこは少し悪戯っぽく笑った。

「わたしを一生大切にすると、ここで誓ってくださいませ」

恒一郎は無言になった。

「どうなさいました」

「なぜ話がそこへ行く」

「ちょうどよいではありませんか」

「まだ祝言も挙げていない」

「だから今のうちに聞いておくのです」

「今のうちとは何だ」

「祝言を挙げてから、やっぱり気が変わったと言われても困りますもの」

「誰がそんなことを言う」

「では誓えますね」

恒一郎は頭を押さえた。

ちょうど通りかかった町人が足を緩めた。

「何だ、喧嘩か」

「違う。三ツ葉屋のお嬢さんが蒼井の若旦那に何か言わせようとしてる」

「ああ、いつものことか」

いつの間にか見物人が増えている。

恒一郎が低い声で言った。

「ちーこ」

「はい」

「場所を考えろ」

「熊野さまの前だから申し上げているのです」

「そういう意味ではない」

ちーこはにっこり笑った。

「では、いつか聞かせていただきます」

それだけ言うと、先に歩き出した。

恒一郎はその後ろ姿を見ながら、苦笑した。

「勝手な娘だ」だが、その顔は少し嬉しそうだった。

タイトルとURLをコピーしました